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クマキ社内ブログ

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平成最後の天皇賞・秋

2018-10-23
カテゴリ:話題の出来事
今度の日曜日に行われる競馬のG1レースは、JRAの重賞レースの中でも格式が高い、伝統のレース「天皇賞」です。天皇賞は春と秋と2回行われておりますが、現在の天皇が退位する前の「平成最後の天皇賞・秋」のレースになります。
 
それでは「昭和最後の天皇賞・秋」を制した馬は何か?
正解は・・・タマモクロスです。タマモクロスはこの年の春、即ち「昭和最後の天皇賞・春」も勝利しており、史上初となる「天皇賞 春・秋 連覇した馬」として歴史に名を刻んでおります。
 
タマモクロスは1984年生まれの芦毛馬。父シービークロス、母グリーンシャトーという地味な血統の馬で、父親のシービークロスもタマモクロス同様、芦毛の白い馬体でした。レースではいつも殿(しんがり)を追走し、最後の直線を稲妻のように猛然と追い込む戦法しか出来ない不器用な馬でした。
人はいつからかシービークロスのことを「白い稲妻」と呼ぶようになりました。
 
テレビ中継では最後の直線のゴール前だけ「ほんの一瞬、映る」のですが、そのスロー再生でしか確認出来ない「白い馬体」のインパクトはいつも強烈でした。しかし、その極端な脚質から勝てるのは直線の長い「東京競馬場のレース」に限られておりました。
更にシービークロスは、今で言う「G1レース」の勝利は一つも無く、種牡馬になれた事自体が「奇跡」だったと言えるかもしれません。
 
ただ一つ、このシービークロスの勲章と言えるのは「東京競馬場の芝2,000mのレースで初めて2分を切った馬」として歴史に名を残した事です(1979年の毎日王冠)。
 
そして東京競馬場で行われる天皇賞・秋の距離が、従来の3,200mから2,000mに変更になり「昭和最後の天皇賞」を勝ったのが、種牡馬としては全く期待されていなったシービークロスの子供のタマモクロスだったというのが、サラブレッドの血のドラマを感じさせてくれます。
 
タマモクロスはこの昭和63年(1988年)にG1レース3勝を含む、重賞6連勝を成し遂げ年度代表馬に輝きました。同期のサクラスターオーが前年1987年の年度代表馬に、同じ同期のイナリワンが翌年1989年の年度代表馬になっており、この世代が違う馬によって「3年連続年度代表馬」を輩出したことから「最強の世代」と言われました。
ただ、この3頭が1度も同じレースに出走する事が無かったというのが、今となっては残念でなりません。
 
さて、平成最後の天皇賞・秋を制する馬はどの馬か?
 
残念ながらシービークロスの血を受け継ぐ馬の出走はありません。ならば天皇賞だけに、キングカメハメハ産駒を狙いますか?絶好調のルメール騎手騎乗のキンカメ産駒、レイデオロで決まり?
 
いえいえ、天皇賞当日の夜に放送される、燕市ロケが話題の人気ドラマ「下町ロケット」にちなんで、キングカメハメハ産駒のミッキーロケットで、勝負!?
 
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昭和最後の天皇賞を勝ったタマモクロス(写真は1988年ジャパンカップ)
昭和最後の天皇賞2着馬オグリキャップ(写真は1988年ジャパンカップ)
この馬もシービークロス産駒、ホワイトストーン(写真は1990年弥生賞)

スポーツの秋

2018-10-16
スポーツの秋ですね
 
様々なスポーツがTVを賑わせています
 
野球やサッカーはシーズン大詰めでバレーボールは世界バレー開催中
 
箱根駅伝の予選会も10/14に開催されました
 
色んなスポーツを見ていると知識が追い付いてきません
 
軽く混乱しています
 
先日新潟で行われたサッカー日本代表も
 
今夜は会場を変えてウルグアイ戦があります
 
今日はどんな試合展開になるでしょうか?妄想してしまいます
 
先発は巨人の菅野でしょうか?いまだノーヒットノーランの余韻に浸っています
 
対するはウルグアイ代表のジョコビッチ!駒沢大学出身です
 
監督の中田さんは現役時代に名セッターとして日本代表を牽引し
 
セリエAでペルージャ、ローマ等で活躍しました
 
 
さぁ試合開始でゲートが開いた
 
開始早々に日本がウルグアイ陣内に侵入!高いポゼッションを保ちながら
 
俊足のアーモンドアイにパスを供給
 
しかしウルグアイ代表のGKタイガー・ウッズのナイスチャージに阻まれる
 
これには司令塔の羽生結弦もガッカリ、4回転アクセルが決まりません
 
試合は0対0のまま後半へ突入
 
均衡を破ったのはやはり日本
 
センターFW大迫傑が日本新記録2時間5分50秒でゴール!
 
アシストした本庶佑とガッチリ握手!まさにオプジーボ
 
この後ウルグアイの猛攻を受けますが鉄壁の守備でゴールを割らせません
 
守備の要である井上尚弥のガードは堅い
 
そして試合は日本の勝利!
 
伊調馨の完全復活で幕を下ろしました
 
 
う~ん
 
ちょっとしたパニックですね
 
ということで試合は1対0で日本勝利を予想します
 
 
 
 
 
 
 

ダービー馬を探せ!

2018-10-12
カテゴリ:話題の出来事
競馬=ギャンブルですが見ているだけでも楽しいきらきら
 
そんなレースの紹介です
 
 
 
今年も2歳戦が始まり早や4ヶ月
 
既にデビューしている馬の中にも来年のダービー馬がいるかもしれません点滅している電球
 
競馬関係者の総決算とも言えるダービーはファンから見ても興奮するレースです
 
そして私が興奮したとあるレースを紹介したいと思います
 
 
「2000年根岸ステークス」
 
これだけで分かる方は競馬通ですね
 
というよりも根岸ステークスでピンと来る方もいるかもしれません
 
 
スタート直後は最後方に待機(むしろスタートが下手?)
 
 
騎手は天才と言われ絶頂期の武豊(の弟である幸四郎)
 
 
最後の直線400m付近でも最後方(画面左にギリギリ映り込む)
 
 
残り200mを切っても7番手(当時見ていた私は未だ気付いていない)
 
 
100m切りようやく3番手に上がる(でも先頭とは10m程の差がある)
 
 
20mで先頭に並ぶ(届いた!)
 
 
 
・・・そこから2着馬を突き放してゴール!
 
 
 
勝ち馬の名前はブロードアピール突風
 
東京のダートコースってこんなに長かった?と思わせるくらいの末脚口を広げてにっこりした顔
 
とりあえずyoutube「ブロードアピール」で見てください
 
 
馬主さんは金子オーナー!あのディープインパクトやアパパネの馬主さんでもあります
 
当時は前年の1999年スプリンターズSにてブラックホークで初めてG1を獲得した新鋭オーナーです
 
ブロードアピールはその後もダートを中心に活躍します上に曲がる右矢印(緑)
 
そして18年経過した今年
 
ブロードアピールの子どもミスアンコール(この馬も父キングカメハメハも金子オーナー所有)から
 
ダービー馬が誕生します
 
その名はワグネリアン(父ディープインパクト もちろん金子オーナー所有)
 
ワグネリアンも金子オーナー所有!目がドル記号の顔
 
 
18年前に味わった興奮は別の形で再現されました、そんな今年のダービー
 
来年も色々なドラマを感じさせてくれるといいなぁと思いつつ
 
 
今週の秋華賞予想・・・アーモンドかラッキーか
 
 
本日はサッカー日本代表の試合がありますが
 
競馬も見ている分にはスポーツ観戦を変わらないと思います
 
というか競馬はスポーツだ!
 
 
 
 
そういえばモレイラさん残念でした
 
 
 
 
 
13頭子供がいるけど金子さんが所有したのは2頭のみ
名前と見た目がカッコいい(※個人的感想です)
日本代表がんばれ!

うさぎ跳びは、いつからやらなくなったか?

2018-10-09
カテゴリ:話題の出来事
現在40歳以上の方は、学生時代の部活などで必ず「うさぎ跳び」を、やった経験があると思います。
 
例えば私が小学生の頃の代表的なスポ根マンガ「巨人の星」では毎回オープニングで、星飛雄馬が父親の一徹と一緒に「うさぎ跳び」をするシーンが流れました。
それだけ「うさぎ跳び」はポピュラーなトレーニング方法だったと言えます。
昔の野球少年は「うさぎ跳び」をしながら「星飛雄馬のようなプロ野球選手」を目指したものです。
 
因みに「巨人の星」の原作者である梶原一騎さんが原作に関わった他のマンガ「柔道一直線」「タイガーマスク」などでも、下半身強化の為に「うさぎ跳び」をするシーンを、よく目にしました。
 
テレビの「柔道一直線」で主人公の桜木健一が、鉄下駄を履いて「うさぎ跳び」をするシーンを観て、刺激を受けた私は冬休みにスキー靴を履いて雪の上を「うさぎ跳び」をして、足腰を鍛えたことを思い出します(苦笑)。
 
何せ、あの「アタックNO.1」の主人公の鮎原こずえでさえ「うさぎ跳び」をしていたのですから、マンガとはいえ当時のスポーツ選手は男女問わずに「うさぎ跳び」を礼賛していたことが分かります。「根性」を養成する為には「うさぎ跳び」が欠かせない鍛錬法だったのです。
 
しかし1980年代頃から「うさぎ跳びは膝への負担が大きい」「足腰を痛める可能性がある」と「うさぎ跳び」へのバッシングが激しくなり、部活のトレーニング法から姿を消しました。
 
非科学的な「根性論」が時代遅れのスパルタ教育であることが明らかになった今の時代、海外ではどの国も採用していない、日本だけでガラパゴス化していた「うさぎ跳び」が自然淘汰されていったのは、当然のことでしょう。
 
逆に今、生徒に「うさぎ跳び」をさせようものなら「体罰」の発覚として先生や指導者が、父兄や教育論者から集中砲火を浴びる時代なのです。
 
ただ、私自身「うさぎ跳び」から「忍耐」「我慢」というものを体得できたことは事実であり「弊害ばかりがあるわけではない」という気持ちも有ります。
 
部活ではどんなに暑くて、のどが渇いても「水を飲んではいけない」という「我慢強さ」「強い精神力」を養うことができたのも「うさぎ跳び」をしていたおかげかもしれません←命が危なかったって・・・歌っている顔
 
今の若者が我々と違い、足が長くてスタイルが良いのは「うさぎ跳び」をしてこなかったから?
かもしれませんね上を指す人差し指(手のひらが手前)
 
(i.izu)
 
 星一徹も元巨人軍の選手でした
 当時の子供達は皆、エキスパンダーを改造して“大リーグボール養成ギプス”を作ろうとしていました
 星明子は元祖“ひょっこりはん”

絶対に負けられない戦いがそこにある3

2018-10-05
カテゴリ:話題の出来事
突然ですが
 
新吉   成立
忠    弘
ルイス  エバートン
久    正巳
敏史   寿延
哲二   淳嗣
イェーネ ダビド
瑠偉   貴史
ヘニー  ラモン
修宏   和志
和良   知
 
 
これが何か分かりますか?
 
 
 
これは1993年Jリーグ開幕戦のスターティングメンバーです
 
ヴェルディ川崎と横浜マリノスの選手達のファーストネーム点滅している電球
(正巳、敏史あたりで気付いた方もいると思います)
 
 
記念すべきJリーグ第一試合ということになります
 
分かり辛いのでもう一度・・・
 
菊池新吉   松永成立
中村忠    平川弘
ペレイラ   エバートン
加藤久    井原正巳
都並敏史   勝矢寿延
柱谷哲二   小泉淳嗣
ハンセン   ビスコンティ
ラモス瑠偉  水沼貴史
マイヤー   ディアス
武田修宏   木村和志
三浦和良   野田知
監督
松木安太郎  清水秀彦
 
当日はTVの前でセレモニーから興奮して観戦していました
 
スター選手揃いのヴェルディに対して読売クラブ時代からの天敵である
 
日産自動車との一戦(このとき読売に対して16戦不敗継続中)目がドル記号の顔
 
攻めのヴェルディ、守りのマリノス
 
互いに優勝候補が開幕戦から激突怒ったマーク(吹き出し)
 
まさに両チームにとって絶対に負けられない戦いでした
 
先制点は前半19分、ペナルティエリア外からのミドルシュート
 
得点者はヴェルディのマイヤー上を指す人差し指(手のひらが手前)
 
後半3分、今度はマリノスのエバートンが同点ゴール上を指す人差し指(手の甲が手前)
 
やはり拮抗した試合
 
覚えているのはヴェルディが縦パス重視、マリノスがショートパスで繋ぎ
 
ミドルレンジからのシュートを多用(していた気がする)
 
武田はトラップミスが多かった(ラモスが怒ってた)
 
だから後半から北澤と交代させられちゃった(間違いない)
 
カズは得意のフェイントでゴールに迫る(その間に守備を固められる)
 
ラモスはすごい剣幕で主審にも文句言ってる(これは覚えてる)
 
都並は主審に謝っている(たぶん違う試合)
 
加藤さんはこの試合限りで移籍しちゃう(何があった?)
 
色々あったけど・・・
 
結果はディアスによる決勝ゴールでマリノスが2対1で勝利
 
ディアスはこの後も活躍しJリーグ初代得点王に輝きます
 
当時は10チームによる2期制で1stを制したのは伏兵?鹿島アントラーズ
 
2stを制し、その後もチャンピョンシップで優勝したのはヴェルディでした
 
途中加入のビスマルクが大活躍
 
お祈りポーズをよく真似したのもです
 
当時は中学生でサッカー部でもありました
 
Jリーグの試合翌日はTVで見たプレーを真似してみたり
 
カズの履いていたシューズのモデル(通称カズスペシャル)を買ったりと
 
野球少年からサッカー少年へと転換する途上でした
 
今では息子とサッカーボールで遊ぶくらいですが
 
当時の興奮と感動は中々経験できるものではありません
 
絶対に負けられない戦いはいつの時代も見てる側の心に響くものです
 
 
現在のA代表の皆さんも新潟で是非、興奮と感動を届けてください口を広げてにっこりした顔
ボールのマスコットはJリーグキング
現役選手がいるんだよなぁ・・・
元祖守護神「松永!」アジアの壁「井原!」
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