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クマキ社内ブログ

ウィズガスリフォームのご提案

株式会社クマキ 会社概要

2022年1月に会社紹介動画を作成しました。
皆様に少しでも弊社のことを知っていただけますと幸いです。
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今年は暖冬か?

2018-11-02
カテゴリ:季節の話
昨年の今頃はラニーニャ現象により
2017年の冬は大雪の可能性があると言われていました
 
昨年末までは特に気にすることもありませんでしたが
年明けから大雪に見舞われ日本側を中心に記録的な豪雪を経験しました青ざめた顔
 
今年はラニーニャ現象が今春に消滅し
逆に秋から冬にかけてエルニーニョ現象が発生しそうということで
平均気温が高くなることが予想されているようです太陽
 
個人的には気温が低くても構わないので、雪が少なければ良いな
と考えていますが(ガス工事会社的にも)汗
 
ところで先日、TVのクイズ番組で新潟県人の7割が知っているが全国的にはマイナーな情報として
 
カマキリの卵の位置で○○が分かる
さて何でしょう
 
といった問題が出されていました
 
マイナーなんですね・・・
 
ちなみにM木さんの自宅にはカゴに産み付けられたカマキリの卵があるそうです
※海抜0mということで良いのかな?
 
 
 
今年は暖冬かもしれません点滅している電球
 
 
暖冬予想でも準備はしっかり!
カマキリのオスは・・・

うさぎ跳びは、いつからやらなくなったか?

2018-10-09
カテゴリ:話題の出来事
現在40歳以上の方は、学生時代の部活などで必ず「うさぎ跳び」を、やった経験があると思います。
 

例えば私が小学生の頃の代表的なスポ根マンガ「巨人の星」では毎回オープニングで、星飛雄馬が父親の一徹と一緒に「うさぎ跳び」をするシーンが流れました。
それだけ「うさぎ跳び」はポピュラーなトレーニング方法だったと言えます。
昔の野球少年は「うさぎ跳び」をしながら「星飛雄馬のようなプロ野球選手」を目指したものです。
 

因みに「巨人の星」の原作者である梶原一騎さんが原作に関わった他のマンガ「柔道一直線」「タイガーマスク」などでも、下半身強化の為に「うさぎ跳び」をするシーンを、よく目にしました。
 

テレビの「柔道一直線」で主人公の桜木健一が、鉄下駄を履いて「うさぎ跳び」をするシーンを観て、刺激を受けた私は冬休みにスキー靴を履いて雪の上を「うさぎ跳び」をして、足腰を鍛えたことを思い出します(苦笑)。
 

何せ、あの「アタックNO.1」の主人公の鮎原こずえでさえ「うさぎ跳び」をしていたのですから、マンガとはいえ当時のスポーツ選手は男女問わずに「うさぎ跳び」を礼賛していたことが分かります。「根性」を養成する為には「うさぎ跳び」が欠かせない鍛錬法だったのです。
 

しかし1980年代頃から「うさぎ跳びは膝への負担が大きい」「足腰を痛める可能性がある」と「うさぎ跳び」へのバッシングが激しくなり、部活のトレーニング法から姿を消しました。
 

非科学的な「根性論」が時代遅れのスパルタ教育であることが明らかになった今の時代、海外ではどの国も採用していない、日本だけでガラパゴス化していた「うさぎ跳び」が自然淘汰されていったのは、当然のことでしょう。
 

逆に今、生徒に「うさぎ跳び」をさせようものなら「体罰」の発覚として先生や指導者が、父兄や教育論者から集中砲火を浴びる時代なのです。
 

ただ、私自身「うさぎ跳び」から「忍耐」「我慢」というものを体得できたことは事実であり「弊害ばかりがあるわけではない」という気持ちも有ります。
 

部活ではどんなに暑くて、のどが渇いても「水を飲んではいけない」という「我慢強さ」「強い精神力」を養うことができたのも「うさぎ跳び」をしていたおかげかもしれません←命が危なかったって・・・歌っている顔
 

今の若者が我々と違い、足が長くてスタイルが良いのは「うさぎ跳び」をしてこなかったから?
かもしれませんね上を指す人差し指(手のひらが手前)
 
(i.izu)
 

ありがとう信濃川

2018-09-13
カテゴリ:話題の出来事
先日、帰宅した私に息子が突然信濃川の水飲む~?と聞いてきました
 
・・・!?
 
何を言っているのか理解できずに「う~ん?」とだけ答えましたが
 
どうやら小学校の社会科見学で信濃川水域の浄水場を訪れたそうで
お土産に信濃川から採取・浄水された水をペットボトルで持ち帰ってきたようです
 
ペットボトルのラベルにはそのまま「信濃川の水」と記載があり
まるで販売されている飲料水のようでした(実際に販売されているかもしれません)
 
そこで思ったのが信濃川の水は美味しいイメージあるかな?ということ
 
例えば「南アルプスの天然水」や「四万十川の水」、「杜々の森湧水」なら美味しそうsmiley
 
私は信濃川流域に面した地域に住んでいるので馴染みがありますが
決して綺麗な川というイメージがありません
 
まぁ下流ですしね・・・山沿いの上流ならきっと違うんでしょうが
 
しかしながら新潟の名産と言えば?と言われれば
「お米」とか「お酒」とか「笹団子」とか出できますが
なるほど信濃川の水が大いに活躍していますね
そもそも生活に欠かせない生活水でしたね <(_ _)>
 
ありがとう信濃川
 
そんな信濃川ですが、ある分野において日本一です
小学校か中学校で習うはずですがお分かりでしょうか?
ちなみに私の中学校は校歌の歌詞にもなってました
 
ところで日本には数々のご当地名水が市販されていますが
発売が告知された際にびっくりしたのが
東京水!!
ただの水道水ですsad
 
実はご当地水道水は全国各地で販売され新潟も
柳都物語」として公益財団法人新潟水道サービスにて購入可能です
興味のある方は如何でしょうか?
 
生活には欠かせない水道水ですが、その水道水の大元となる信濃川を含む多くの河川
少しだけ川に注目する日があっても良いのではと思いブログにしてみました
 
多少は蛇口から出る水と味が違うようですが
飲もう 今日はとことん盛り上がろう

できること、できないこと

2018-08-31
カテゴリ:季節の話
私が学生時代、ラジオのNHK-FMで「クロスオーバーイレブン」という番組が、深夜に放送されていました。
 
その放送も2000年頃に終了したのですが、今はお盆休みと正月休み期間中の年2回、1週間だけ復活放送をしています。
 
この夏の放送の第2夜のスクリプト・テーマが「できること、できないこと」
 
自宅マンション近くの公園にある木の下で、蝉取りをする少年二人を見守る初老の男が主人公。
 
なかなか蝉を獲れずに悪戦苦闘する少年達を、ベンチに座りながら眺めている。昔「蝉取り名人」だった腕がうずくものの「知らないおじさん」が子供に声をかける事が、はばかられる今の時代、静観するしかなかった。
 
そこへ少年達の母親が現れ初老の男に会釈をする。どうやら同じマンションに住む住人である事がわかった。
 
もう「知らないおじさん」では無くなった初老の男は「蝉は一週間しか生きられないんだぞ」などと話しかけながら、少年達に近づき「蝉取り名人」だった腕を披露するために子供達から虫網を借りる。
 
子供の時の感覚を呼び起こしながら、短い命を謳歌するように鳴き続ける蝉に近づき「サッ!」と虫網をかぶせる。
 
タイミングは完璧だった。しかし自身の筋力と俊敏性の衰えによって、蝉を逃がしてしまった。
 
「何が蝉取り名人だよ!」という少年達の冷たい視線が、心に突き刺さるのを感じた・・・、というスクリプトだった・・・。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
人間は大人に成長する事で何でも出来るようになると思いがちだが「子供の頃には簡単に出来たのに、大人になると出来ない事がある」ということをラジオを聴きながら、思い知らされた。
 
私も自分の娘が小さい時、ブランコが好きな娘を公園に連れて行き、自分もブランコに乗って漕いでみたら「気持ちが悪くなった」事を思い出した
 
子供の頃は体が地面に水平になるまで漕いでも平気だったのに、大人になって三半規管の機能が低下したのか、すっかり具合が悪くなり、青ざめた表情でブランコに乗る娘の背中を押してあげるのが精一杯だった。
 
その後、なんとか気持ちを取り直して汚名返上とばかりに、娘に「逆上がり」を見せてあげて、コツを教えてやろうとして鉄棒の場所に移動した。
 
さすがに40歳を過ぎても「逆上がり」は、なんとか出来たsmiley
 
しかし、調子に乗って「蹴上がり」をやってみると全く出来ないenlightened
 
中学生当時、クラスでも「蹴上がり」が出来るのは数人だけで、自慢の一つだったのに「筋力と腕力の衰退」に加え「自分の体重を支えきれなくなった」為なのか、あの当時の面影は全く消え失せてしまっていた。
おまけに何回もチャレンジしたものだから、再び気持ち悪くなってしまったし・・・
 
大人になって一つできる事が増えると、子供の時にできた事が一つ減っていく
 
結局、人間が一生の間にできる事の数は、一定なのかも知れませんね。
 
ところで今、貴方は子供の頃のように素手で「虫」に触れますか・・・
 
(i.izu)
実は1週間ではなく、1ヶ月位生きているらしい
ボクに触れるかな?

夏の全国高校野球新潟県代表スーパー列伝

2018-08-18
カテゴリ:話題の出来事
今年で第100回目を迎えた夏の全国高校野球も準々決勝が終わりました。
我が新潟県代表の中越高校は大会初日に惜しくも敗れてしまいましたが、これまでの新潟県代表校が夏の甲子園に残した足跡から、勝手にベスト3を選んでみました。
 
第3位 新潟南高校(1984年)
長身の林投手を擁する新潟南は初出場で初戦の京都外大西を延長11回4-3で破ると、続く3回戦も強豪の明徳義塾を4-2で撃破。準々決勝で金足農業に0-6で敗れたものの新潟県勢として「初のベスト8進出!」に新潟県が沸いた年でした。
当時、新潟に来たばかりの私はその歴史の目撃者になったのです。
 
第2位 日本文理高校(2014年)
好投手・飯塚(現DeNA)を擁する日本文理は初戦の大分戦、2本の本塁打を放ち5-2で勝利すると、続く2回戦では強豪の東邦に0-2の劣勢から6回に4長短打を集めて3点を奪い逆転勝ち。続く3回戦では富山商に9回1死から逆転サヨナラで6-5で勝利。準々決勝では聖光学院10安打を打たれながらも、要所を締めた飯塚投手が1点に抑え5-1で勝利。準決勝では全試合完投してきた飯塚投手が三重打線につかまり0-5で敗戦。2度目の決勝進出を逃しました。
 
第1位 日本文理高校(2009年)
あの最終回6点差を1点差まで詰め寄った、後世まで語り継がれるであろう「伝説の試合」の年が文句なしの第1位
 
2回戦 日本文理4-3寒川(終盤3点を奪い逆転勝ち)
3回戦 日本文理12-5日本航空石川(伊藤投手の本塁打を含む毎回の20安打で大勝)
準々決勝 日本文理11-3立正大淞南(大会史上初の2試合連続の毎回安打で完勝)
準決勝 日本文理2-1県岐阜商(伊藤投手一世一代のピッチング!)
 
決勝
  1 2 3 4 5 6 7 8 9  
日本文理 0 1 1 0 0 0 1 1 5 9
中京大中京 2 0 0 0 0 6 2 0 10
 
先制された日本文理は2回、3回と1点ずつ返し同点に。しかし6回に守備のミスから6失点。日本文理は2点を返すも中京も2点を奪い6点差のまま最終回。しかしドラマは「9回2死ランナー無し」から起きたのです・・・。
 
1番 切手 四球
2番 高橋隼 左中間タイムリー二塁打 5-10
3番 武石 ライト線タイムリー三塁打 6-10
4番 吉田 死球(誰もが試合終了と思ったファウルフライ落球後)
5番 高橋義 四球
6番 伊藤 レフト前2点タイムリー(スタンドに伊藤コール)8-10
代打 石塚 レフト前タイムリー 9-10
8番 若林 サードライナー  試合終了
 
最後の若林君は中学時代から伊藤君とバッテリーを組んできたキャッチャー。快音を残した打球に誰もが「同点!」と思ったのですが、無情にもボールは中京サードのグラブに収まりました。
試合後、勝った中京のエース堂林君(現:広島)が号泣しているのに対し、全試合を一人で656球を投げ切った伊藤君の笑顔がとても印象的でした。
 
それまで新潟県勢が甲子園で挙げた通算勝利数22。中京大中京は1校だけで127。観客も誰もが中京有利と考え、中京の選手も「優勝」のプレッシャーを十分に感じていたことでしょう。最後までマウンドを守れなかった堂林君の涙にも心が打たれました。
 
最終回の味方の攻撃中に、逆転を信じながらブルペンで9回裏の投球に備えて投球練習をする伊藤君が、慌ててバッターボックスに向かった時の「伊藤コール」甲子園の長い歴史の中でも、初めての光景
試合後、敗れた日本文理ナインに球場内から惜しみない拍手がいつまでも送られました。でも選手に涙はありませんでした
 
決勝当日の朝、大井監督は選手に「勝っても負けても笑って新潟に帰ろう。約束できるか?」と明るく選手達に向かって言いました。その言葉に選手全員がとてもリラックスして試合に臨めたのです。
 
試合の翌日、日本文理ナインを乗せた伊丹空港から新潟空港行きの機内で突然「日本文理高校の皆さん、甲子園準優勝おめでとうございます」という機長のサプライズなアナウンスが流れ、機内は拍手に包まれたという事です。
 
来年以降も新潟県代表校の健闘を期待しています。
 
「やればできる」は魔法の合言葉!(←済美高校の校歌、半端ないって!)
 
(i.izu)
「やれば出来る」は魔法の合言葉(by 済美校歌)
力いっぱい この青春(とき)を生きよう(by 済美校歌)
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